https: マユスタンス│西山繭子の「女子力って何ですか?」

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西山繭子の「女子力って何ですか?」

#268

マユスタンス

2025-06-09 10:45:00

 六本木ヒルズに映画『サブスタンス』を観に行った時のことです。数席あけたところに座っている女の子が12㎝はあろうかというピンヒールを履いており「この映画、けっこう長いのに疲れないのかな」といらぬ心配をしておりました。しばらくすると、彼女の隣にポップコーンとドリンクを抱えたオジがやって来ました。「お待たせ~」とにこにこ顔のオジに「ありがとうございます~」と膝の上にのせたレディ・ディオールを小脇によける彼女。20代のギャルに60代のオジ。ねえ、知ってる?今から観る『サブスタンス』って、あなたたちみたいな人が創り上げている世界をシニカルに描いている映画なんだよ。鑑賞後、彼らの間でどんな会話がなされたかは知る由もありませんが、私としては身体をはったデミ・ムーアの頑張りに私自身ももう少し美を追求してみようという気持ちになりました。その数日後、ちょっとお硬い用事があった私はめずらしくジャケットにパンプスなんて出で立ちで、しゃなりしゃなりと駅に向かっておりました。すると道の少し先に、中学生の頃から知っている男友だちFちゃんの姿が。彼は近所にある会社で働いているため、よく顔を合わせます。私が手を振りながら近づくと、Fちゃんは「なんだ、繭子か。綺麗にしてるから誰かわからなかった」と言いました。失礼な!まあ確かに、近所をうろつく私は、よそゆきとはほど遠いですからね。一度も一軍入りすることなく家着に降格したヒュー・ジャックマンのツアーTシャツに、キッチンハイターが飛び跳ねてところどころ色落ちした紺色のリラコで歩く普通のおばさん。以前、エコバッグを忘れて酢瓶を片手に歩いている私を見て、Fちゃんは「大変だ。繭子が昼間から酒瓶を持って歩いている」と思ったそうです。心配してくれる友人がそばにいるって心強いですね。この日はせっかく綺麗にしていたので、Fちゃんとしばし井戸端会議です。話題は最近近所にできたお洒落カフェのこと。住宅街に突如出現したオープンテラスでは、着飾った若者たちが車道にまで飛び出してせっせと映える写真を撮る姿があり、非常に迷惑だ。あんなお洒落カフェより日高屋ができて欲しかった。私の文句にFちゃんは「うんうん。わかるよ」と優しく頷きます。この界隈に暮らし始めて随分経つという話になり「私は今住んでいるマンションから老人ホームに行く予定だから、あと20年は暮らし続けると思う」と伝えると、Fちゃんは「そんなこと言うなよ。繭子だったら、まだ需要あるだろう」と言いました。この需要というのは、もちろん結婚のことなのでしょう。「いやいや、ないよ」「あるだろう。地方とかさ」天然でちょいちょい失礼なFちゃんです。つい先日も年上女性とランチをしていたところ「最近は誰かいないの?マッチングアプリでもやれば良いのに」と言われました。また、税理士の先生にも「繭子さん、これからどうするんですか?ずっと1人でいるんですか?ちゃんと考えた方がいいですよ」としつこく言われて、先生が酔っ払っているのをいいことに「チッ、しつけー坊主だな」と悪態をつきました。ちなみに税理士の先生は住職でもあられるので、文字通り坊主です。しかし、どうしてみんな私を1人にさせてくれないのでしょうか。これだけ多様性の時代と言われながら、独身女性イコール不幸という風潮の根強さよ。仮に100歩譲って不幸だったとしましょう。いや仮に、ではないか。じゃあ不幸で良いです。世間から見て、私は不幸です。でも当事者である私はその不幸に気づいていないのだから問題ないのですよ。しかし、こういうことを口にすると「強がっている」などと言われます。反対にリップサービスで「結婚したい!大谷翔平みたいにバッティングが上手くて、メッシみたいにドリブルが上手くて、ブルーノ・マーズみたいに歌が上手くて、ダニエル・クレイグみたいに色気があって、オードリー・タンみたいに頭が良くて、ビル・ゲイツみたいに大金持ちなティモシー・シャラメ、どこかにいないかな!」などと口にすると「歳のくせに身の程知らずだ」と言われるのです。結婚や子どもに関しては、持たざる者は語ることさえ許されない。このあたりは、石田夏穂さんの小説『冷ややかな悪魔』が、私の心をそのまま代弁してくれているかのようで「そう!そうなんだよ!」と激しく同意しながら読んでいました。ただ、独身の自分を不幸だとは思っていないのですが、結婚できなかったことに対して申し訳ないという気持ちはあるのです。少子化の要因になっていることもありますし、何よりもこれまで脈々と繋がってきた家族という糸を紡げなかったことが申し訳ない。数ヵ月前、ロバート・ゼメキス監督の新作『HERE時を越えて』を観た時に、紡がれ続ける家族の物語を前に「ああ、私は取り返しのつかないことをしたのだなあ」と思いました。東北にいるご先祖様、すみません。韓国にいるご先祖様、チェソンハムニダ。とはいえ、これからリカバリーをすることはできませんので、引き続き好きに生きさせていただきます。ヒュー・ジャックマンのTシャツとともに。

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2025.6.9 配信

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西山繭子さんのINFORMATION

Writer

西山繭子

日本の女優、作家。東京都出身。
大学在学中の1997年、UHA味覚糖「おさつどきっ」のCMでデビュー。
テレビドラマを始め、女優として活動。
最近は小説やテレビドラマの脚本執筆など、活動の幅を広げている。
著書に『色鉛筆専門店』『しょーとほーぷ』『ワクちん』『バンクーバーの朝日』などがある。

オフィシャルサイト→FLaMme official website