昭和の少女│西山繭子の「女子力って何ですか?」

西山繭子の「女子力って何ですか?」

Writer

西山繭子

#280

昭和の少女

2025-12-07 21:53:00

 図書館のカウンターで予約した本の受取をしていたところ、隣で小学校3年生ぐらいの女の子が司書のお兄さんと話をしていました。どうやら女の子が借りている本のうち数冊が返却期限を過ぎており、いくつかは予約が入っているとのこと。「予約が入っていないのは、一度返したらまた借りられるからね。予約が入っているのは、待っている人がいるってことだからね」お兄さんは怒るでもなく、淡々と説明をしました。私は女の子が泣いてしまったらどうしよう、などとちょっとドキドキしながらその様子を眺めていたのですが、何とその少女は、お兄さんに向かって「ふーん」と一言放って、借りた本をバッグに入れて去って行きました。司書のお兄さんはそのまま何事もなかったかのように作業を始めていましたが、私にとってはかなり衝撃的な出来事でした。私がこの少女と同じぐらいの歳だった時のことです。母親のミシンの音を聞きながら、畳の上に寝そべり繭子少女は図書館で借りた『素敵なお部屋づくり』の本を飽きずに眺めておりました。その畳の部屋には二段ベッドとキキララの学習机が2つ。一応、姉と私の部屋ということになっていましたが、夜になれば二段ベッドの横に母が布団を敷いて寝ていたので、結局のところ全員の部屋でした。それもあって、少女時代に私が抱いていた部屋に対する憧れというのはたいそう大きなもので、インテリアにまつわる本や写真集を図書館でよく借りていたものです。その日もうっとりとしながら眺めていたのですが、最後のページにある返却期限のスタンプを見たところ、そこには何と昨日の日付が。繭子少女は、何てことをしてしまったのだと震えあがりました。その当時、私が通っていた図書館で働いていた人たちは元校長先生や元教頭先生といった面々でした。当時の私にとって、学校の先生というのは時に優しくもあるけれど、やはり怖い存在で「悪いことをしたら叱られる」というのは絶対的なことでした。つまり図書館にこの本を返しに行けば、絶対に叱られる、下手したらゲンコツが飛んでくる。想像だけですでに半べその繭子少女です。今でも小心者の私ですが、幼い頃は「ノミについているノミの心臓」ぐらい気が小さかったので、この一件は今でもよく憶えています。ああ、どうしよう。畳の上でしばらく絶望していた私が、その後どうしたかといえば、なんと母親に頼み込んで一緒に本を返しに行ってもらうという、どこまでもチキンなことをしたのです。母親と一緒であればゲンコツが飛んでくることはあるまい。つくづく卑怯な子どもであったと思います。図書館で母親が期限が過ぎてしまったことを詫び、ついでに娘が一人で返しに行けないなどと言って私が一緒に云々と話し、その横で私は震える声で「ごめんなさい」と謝りました。元校長先生のおじいさんは「そうか。君は責任感の強い子なんだね。今度から気をつけてね」と笑顔で言いました。私は、子どもながらに責任感が強ければ返却期限は過ぎないであろうと思いましたが「はい、気をつけます」と頷きました。それからというもの返却期限を前にしたら台風であろうと隕石が降り注いていようと図書館に向かいますし、借りた本の予約数が多ければなるべく早く読んで次の人に回さねばと思います。それだけに図書館で出逢った令和の少女の「ふーん」は非常に衝撃的だったのです。昭和の少女は来年、年女です。パワフルに過ごしたいとは思いつつ、小心者は引き続きといった感じでしょうか。年女といえば先日銀座の伊東屋でカードを選んでいる際、外国人観光客が「なぜ馬ばかりなんだ」と不思議がっていたので、私の流暢なテキトーイングリッシュで説明をしてあげました。牛を「Cow(正しくはOx)」と言い、酉を「Chicken(正しくはRooster)」と言いましたが十二支というものはわかってもらえたようで、とても感謝されました。ついでに「私はホースイヤーなの。24歳よ」とジャパニーズジョークをかますと、彼らは笑いもせずに「24?オー、リアリー」と疑いの目を私に向けていました。ああ、ここは12歳と言うべきだったなと反省です。前回の年女の時は何をしていたのだろうと調べてみると、誕生日には一人アラスカでオーロラを見ていました。あれ?そのことって、このコラムに書いたっけ?と首を傾げたところ、このコラムが始まったのは2016年なので前回の午年にはまだ存在していませんでした。随分と長くやっているつもりでしたが、まだまだひよっこですな。写真はアラスカの森を宿の番犬シドと散歩した時のものです。「早く来い」とこちらを見ています。

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2025.12.8 配信

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西山繭子さんINFORMATION

日本の女優、作家。東京都出身。
大学在学中の1997年、UHA味覚糖「おさつどきっ」のCMでデビュー。
テレビドラマを始め、女優として活動。
最近は小説やテレビドラマの脚本執筆など、活動の幅を広げている。
著書に『色鉛筆専門店』『しょーとほーぷ』『ワクちん』『バンクーバーの朝日』などがある。

オフィシャルサイト→FLaMme official website