おばさんが転んだ│西山繭子の「女子力って何ですか?」

西山繭子の「女子力って何ですか?」

Writer

西山繭子

#179

おばさんが転んだ

2021-09-27 13:50:00

 先日、表参道駅の階段でそこそこ派手に転びました。人混みでない限り、階段を昇る時はエクササイズのために1段飛ばしで昇るようにしています。お尻と太もも裏の筋肉に意識を集中させて「ジェニファー・ロペス、ジェニファー・ロペス」と心の中で唱えながら、己の身体を鍛えます。この日は平日の昼時ということもあり、都会の真ん中表参道駅とはいえ人は少なめ。魅惑のお尻に近づくため、いつのもように1段飛ばしで階段を昇ろうとしました。しかし足を踏み出し「ジェニファー・ロペ…」と唱えた瞬間、私の目の前に、颯のごとく人が割り込んできました。あらら、このまま1段飛ばしをしたらぶつかってしまう。さあ、どうする。1段飛ばす?飛ばさない?いや、今さら変えられない。だって踏み出した足は1段飛ばしの勢いなんだもの。でも、ぶつかりそう。さあ、どうする。飛ばすの?飛ばさないの?ジェニファーなの?ロペスなの?てか、どうして今さらベン・アフレックなの?その昔、彼氏と一緒に映画『パール・ハーバー』を観に行った時、恋人役のベン・アフレックが死ぬやいなや、そっこーで男を乗り換えたケイト・ベッキンセールを見て「繭ちゃんも俺が死んだら同じことしそうだよね」と冷たく言われたのは、今思い出してもすこぶる理不尽。なんであんなこと言われなきゃいけなかったのかしら。そりゃまあ、夜中におなかがすいて彼が朝ごはん用に買っていたパンを全部食べちゃったり、一緒に『Mr.ビーン』を見ている時に笑いすぎておならをしちゃったりしたけどさ。それにしてもあんな言い方しなくたっていいじゃない。ああ、これも全て監督マイケル・ベイのせい。いつも色々やりすぎなんだよ、マイケル・ベイは。そう、マイケル。今、表参道駅の階段で、私はまさしくマイケル・ジャクソンのスムース・クリミナル状態。ななめ、ななめ、ななめなのです。結局、1段飛ばすか飛ばさないかを決められずに宙を彷徨った足は行き場を失い、西山繭子43歳、表参道駅の階段でズコっと崩れ落ちたのであります。大人が転ぶというのはどういうことか。ひとことで言えば「恥ずかしい」、それに尽きます。だからこそ多くの人は何事もなかったかのように、そしてまわりの人も何も見なかったかのようにやり過ごすのです。しかし、この時は靴がヒールだったこともあり、なかなか体勢を立て直せません。まわりの人は、階段の真ん中ですっ転んだおばさんを迷惑そうによけて進んでいきます。ああ、これも加齢かなあ。せっかくの休日なのにイヤになっちゃう。しょんぼりしていた私に「あらあら!まあまあ!大丈夫?」と声をかけてくれたのは、1人のおばさんでした。「怪我してない?」ラインストーンがついた華やかなマスクをしたおばさんが、不織布マスクをしたおばさんの顔を覗き込みます。「大丈夫です。ありがとうございます」そう答えると、おばさんは「うん、うん」と安心したように頷くと足早に去って行きました。ああ、やっぱり。そうなんです。おばさんを救うのはいつだっておばさんなのです。その昔、母とイタリア旅行をしていた時のことです。フィレンツェからピサまでの列車の中で、車掌さんによる検札がありました。ガイドブックに書いてあった通り、乗車前に切符を刻印機に通したのですが、どうやらうまく出来ていなかった模様。車掌さんが眉根をひそめています。あたふたと英語で説明をしますがうまく伝わらず、傍らにいる母もひどく不安そうに事の成り行きを見守っています。その時です。近くに座っていたイタリア人のおばさんが「大丈夫?」と私ではなく、母に声をかけてきました。「うーん」と困った顔で母が首を傾げると、おばさんは車掌さんに何やら話をしてくれました。そのおばさんのおかげで事なきを得たのですが、車掌さんが去った後、どういうことだったのかイタリア語で説明をするおばさんに、母が日本語で答えながら頷いていました。すごい。意思疎通ができている。おばさんの助け合いに国境はありません。「We are the wolrd~♪We are the obasan~♪」世界を救うのはおばさんだ!中学生の時、森高千里さんの「私がオバサンになっても」を聴きながら、絶対におばさんになりたくないと思っていましたが、おばさんになった今、おばさんもなかなか悪くないもんだなと感じています。写真は表参道駅で救われた不織布マスクのおばさんです。

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2021.9.27 配信

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西山繭子さんINFORMATION

日本の女優、作家。東京都出身。
大学在学中の1997年、UHA味覚糖「おさつどきっ」のCMでデビュー。
テレビドラマを始め、女優として活動。
最近は小説やテレビドラマの脚本執筆など、活動の幅を広げている。
著書に『色鉛筆専門店』『しょーとほーぷ』『ワクちん』『バンクーバーの朝日』などがある。

オフィシャルサイト→FLaMme official website