日本橋の休日│西山繭子の「女子力って何ですか?」

西山繭子の「女子力って何ですか?」

Writer

西山繭子

#153

日本橋の休日

2020-08-24 12:04:00

「ボンジュール、マユコ!サバ?日本でのコロナの様子はどう?僕は今、バカンスでコルシカ島に来ているよ。本当はイビサ島に行きたかったけど、今は色々と難しいから国内で我慢したよ。マユコはもうバカンスとったかな?キス!」明らかに密な満員電車に揺られながらこのメールを読んだ時、私は自分が日本に生まれたことを心の底から恨みました。そして「日本にバカンスなるものは存在しない」と何度言ってもわかってくれない友人のオスカルを2日目のバゲットでぶっ叩きたい衝動にかられました。この夏、NHK-BSのワールドニュースを見ていて、ヨーロッパではどんな状況下にあろうと「バカンスに行かない」という選択肢がないことがよくわかりました。どこの国営放送もコロナ禍でのバカンスをいかに過ごすかということを報じていました。良いなあ~。私もバカンスに行きたいなあ~。コルシカ島で地中海を眺めながら、キンキンに冷えた白ワインにムール貝。最高じゃないかあ~。しかし、今の日本でそんなことは夢のまた夢。東京を出ることさえ許されないのが現実であります。それでも少しは休日を楽しみたいなと思った私は先日、普段あまり行くことのない日本橋へとお出かけいたしました。
 今回の第一の目的は三越日本橋本店で開催されていた『MITSUKOSHI×東京藝術大学 夏の芸術祭2020』でした。友人のアーティスト、有馬莉菜さんから「こんなのやってますんでお時間ありましたら」と教えていただき、しばらく美術鑑賞から足が遠のいていたこともあり喜び勇んでの外出となりました。この夏、職場では2枚のシャツを繰り返し着るという愚行に走っているので、この日は久しぶりのオシャレ。マルジェラのワンピースに夏らしいウェッジソールのサンダル、そして気分が上がるエルメスのバーキンを持つことにしました。この日ばかりは猛暑でどろどろになっていた女子力も復活。三越ではサーモグラフィーによる検温を済ませてから、まずは地下1階にある鰻屋『いづもや』へ。ここは人気店なので、早々にウェイティングリストに名前を書かなくてはいけません。私は、いつまでたっても変わらぬ「ニシヤマ」と記入して待ち時間を確認してから、6階のアートギャラリーへと向かいました。私は幸運なことにこれまで世界の名だたる美術館を訪れ、たくさんの作品を目にしてきました。そのわりにはいまだ美術に対する造詣が浅いという罪深き人間。ダヴィンチの作品を見て「絵が上手」という感想を言ってしまうような不届きものです。そんな私が日本芸術界の最高峰である藝大の新進気鋭のアーティストの作品を見たところでよくわからないのですが、今回は大きな気づきがありました。これまで無名作家の作品なんて誰が買うのだろう?と思っていたのですが、今回、若い作家たちの作品を吟味している人たちを見ていて、新しい美術と出逢うこと、そして応援することがいかに大切なのかがわかりました。このコロナ禍でチャンスを失ったアーティストが多いのは言わずもがな。「そんなのただの娯楽でしょ?もっと大変な思いをしている人は山ほどいる」という声ばかりが聞こえる中、きちんと支えていく人間がいることは実に美しい。失ってはいけない崇高なものをこの作品展で感じました。また開催に寄せた美術学部長の日比野克彦さんの言葉もとても温かく、胸に響きました。いやー、行って良かった。すっかり良い気分になったあとは、さらに美しいものに触れようと館内をぷらぷら。同じ階にあるTASAKI、MIKIMOTOで艶やかなパールにうっとりしたあとは、クリストフルでカトラリーを物色。店員さんと話をしながら、手にしてみると大きさや重さがよくわかります。まずは普段使い用のスプーンとフォークを買おうと思っているのですが、店員さんがソーススプーンをすごい勢いで押してくるので、よっぽど便利なのだろうなと心が揺れます。あれやこれやと出していただき長い時間相談をしておいて、結局、この日はカタログだけいただくことに。このあたりは年の功というか図々しくなったというか、まあ、立派なおばさんになったということですな。そして『いづもや』で鰻重を堪能したあとは、コレド室町内の『山田平安堂』へ。みつ飴の5色の丸皿を手にとっていると「こちらの商品はオリンピックに向けて作られたものなんですよ」と店員さんに言われて、なんだか感傷的になってしまいました。オリンピックが開催されていたら、日本橋にはこの夏、多くの外国人が足を運んだことでしょう。この日買い物を楽しんだ『山本海苔店』も『榮太樓總本舗』も江戸時代から続く日本が誇る老舗であります。コロナがなければ、この素晴らしき世界を多くの人に見てもらえたはずです。これまで、しかたがないとやり過ごしていましたが、初めてコロナが憎いと思いました。しかし落ち込んだところでコロナがなくなるわけじゃ無し。感染予防をばっちりしつつ、猛暑に負けない体力を維持しなくてはいけません。ということで、次に日本橋に行く時は朝から並んでぜひ『いづもや』の限定10食の鰻重を食べたいと思います。

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2020.8.24 配信

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西山繭子さんINFORMATION

日本の女優、作家。東京都出身。
大学在学中の1997年、UHA味覚糖「おさつどきっ」のCMでデビュー。
テレビドラマを始め、女優として活動。
最近は小説やテレビドラマの脚本執筆など、活動の幅を広げている。
著書に『色鉛筆専門店』『しょーとほーぷ』『ワクちん』『バンクーバーの朝日』などがある。

オフィシャルサイト→FLaMme official website