八十日間世界一周│西山繭子の「女子力って何ですか?」

西山繭子の「女子力って何ですか?」

Writer

西山繭子

#149

八十日間世界一周

2020-06-22 13:18:00

東京での感染者数は増えたり減ったりでいまだ終息をみせぬコロナ禍ですが、緊急事態宣言は全面解除という怪。まあ、自分の身は自分で守るという当たり前のことを改めて認識したのは今回の良き収穫ではないでしょうか。私も週4日で会社に出勤する生活に戻りましたが、外出自粛生活で築いた生活リズムはそのまま継続中です。朝4時に起床して筋トレとウォーキング、そして出勤の前に執筆をします。仕事が終わったらまっすぐ帰宅して21時には床につきます。先日、事務所で「今は、そんな生活をしていてすこぶる調子が良い」と話したところ、チーフマネージャーが「もうマユ、これからの撮影は19時出しとかじゃないと無理だね。子役みたいだね」と困っていました。確かに、てっぺん(夜0時)までの撮影なんて耐えられそうにありません。朝早いのはいくらでも大丈夫なんだけどなあ。ああ、それでも早く現場に行きたいなあ。ここ最近、コロナによる撮影の延期や中止で、昔のドラマが再放送されていました。『野ブタをプロデュース』とか『SPEC』とか『鍵のかかった部屋』とか、すごく面白くて、やはりドラマって良いな、この世界に立っていたいなと改めて思いました。そしてそして、この三作品に出ている戸田恵梨香ってば最強。事務所の先輩として、一生ついていきますと思いました。しかし欲張りな私は女優業とともに、こうして物を書くことも続けていく気マンマンであります。最近では、このサイトでも連載している中島さなえちゃんの新刊『あふれる家』を読んで、その面白さに嫉妬しつつ「うわー!私もまた小説を出したいー!頑張らねば―!」と畳の上でバタバタしておりました。『バンクーバーの朝日』のノベライズからもう6年だもんね。今年もとある中学校から入試問題に使わせてもらいましたという連絡があり、いまだ誰かの目にふれていることは嬉しく思いますが、やはり新しいものを出さねばいけません。数年前に予選通過作品として名前がひっそり誌面に載るものの、三次予選で落ちた群像新人賞に送った『小説家の娘』。このタイトルにまるでひねりがない駄作を最近親しい編集者さんに読んでいただいたところ「主人公が魅力的じゃない」という感想をもらいました。タイトルでもわかるように自伝的要素が強い作品なので、まるで私が魅力的ではないと言われているようなものですが、あくまでも小説ですからね。そこはいかようにでも変貌させなくてはいけません。これまでにたくさんの魅力的な主人公が物語の中で生まれてきましたが、今、私が夢中になっているのはフィリアス・フォッグ。ジュール・ヴェルヌの名作『八十日間世界一周』の主人公ですね。約150年前に書かれた小説ですが、今読んでも面白い。旅に行けない今だからこそ、さらに面白く感じるのかもしれません。実は私、何を隠そう2013年1月21日に実際に八十日間世界一周に旅立つ予定だったのですよね。スターアライアンスの世界一周チケットを使ってアジア、中東、アフリカ、南米を回る予定でした。何ヵ月も前から旅程を立て、現地の治安を調べたり、安宿の情報を集めたりと旅の準備をしておりました。しかしパッキングも終えてあとは出発の時を待つばかりとなった1月16日、その凄惨なニュースは飛び込んできました。『アルジェリアのプラント、武装勢力に襲われる』安全な自宅のリビングにいるのに、ニュースを聞きながら私は恐怖に震えていました。銃をつきつけられ命乞いをする自分の姿を想像して震えました。私が数日後に旅立とうとしている世界にはびこる憎悪、私がそれらと出逢わないなんて保証はどこにもない。数時間後、私の電話が鳴りました。「ニュースを見ましたか?旅は中止にしなさい。今は行くべきじゃない」電話は父からでした。もともとこの世界一周の旅をすすめてくれたのは父でした。『世界の大きさを識ることも将来何かになるかもしれません』という言葉とともに。この日までの数ヵ月、私はずっと世界一周旅行のことばかりを考えていました。インド、イスラエル、ジンバブエ、ボリビア、アルゼンチン、自分が訪れる国の地図を眺めてはそこを歩く自分を想像しました。ただいつも、そこには不安気な自分がいました。そう、ずっと私は不安だったのです。楽しみな気持ちもある一方で、出発の日が来なければいいのにと思うこともありました。少し前に私と会った父は、その様子にも気づいていたそうです。今でも思います。あの時、無理にでも出発していたら、今私はここにいないのではないかと。『八十日間世界一周』を読むと、フィリアス・フォッグに魅了されると共に、7年前の記憶がよみがえります。何もできない自分が心底情けなかったなあ。あの日から少しは成長しているのかもしれないけれど、まだまだですね。でも、まだまだだとわかっているからこそ人生って楽しいなと思うのです。

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2020.6.22 配信

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西山繭子さんINFORMATION

日本の女優、作家。東京都出身。
大学在学中の1997年、UHA味覚糖「おさつどきっ」のCMでデビュー。
テレビドラマを始め、女優として活動。
最近は小説やテレビドラマの脚本執筆など、活動の幅を広げている。
著書に『色鉛筆専門店』『しょーとほーぷ』『ワクちん』『バンクーバーの朝日』などがある。

オフィシャルサイト→FLaMme official website