少し悪化した世界│西山繭子の「女子力って何ですか?」

西山繭子の「女子力って何ですか?」

Writer

西山繭子

#148

少し悪化した世界

2020-06-08 15:07:00

 2ヵ月の心穏やかな外出自粛生活を過ごして、私はもう働けない、社会復帰なんてできない。と思っていましたが、仕事が再開してこれまで通り満員電車に揺られて出社したら、まあ不思議なものであっという間に気持ちが社会人モードに切り替わりました。大人ってすごいですね。久しぶりに会った同僚たちは皆、声を揃えて痩せた!と言ってくれました。たかが3kg、されど3kg。この2ヵ月、頑張ってダイエットに励んだ甲斐がありました。リバウンドしないように気をつけなければ。緊急事態宣言が解除になった途端に、友人たちからお誘いの声をかかりましたが、コロナが収束したわけではありませんし、何しろこの2ヵ月の努力を無駄にしたくはないので丁重にお断りしました。今までお誘いがあれば、ほいほいと出かけて欲望のままに美食を堪能しておりましたが、もう恐ろしくてそんなことはできません。コロナ禍で変わったことの一つです。これは明らかに女子力が高くなったと言えるでしょう。ずっと休校していたフランス語の学校も再開したので、先日久しぶりに授業を受けてきました。この2ヵ月、家でたくさん勉強をしたので先生からの質問にもスラスーラのペラペーラ。公文式で鍛えられていた小学生以来に味わう優等生の気分でありました。矛盾だらけの世の中ですが、こういった努力はきちんを実を結ぶのですね。しかし、こうしてフランス語を勉強していると、もう心は「早くパリに行きたーい!」なのですが、海外旅行、ましてや感染者数の多いヨーロッパに行くなどというのは相当厳しい。今年いっぱいは無理だろうなあ。最後にパリに行ったのは、ちょうど1年前。NHKで放送した『伊集院静 ダビンチをめぐる冒険』の撮影でありました。あの時はもちろん、世の中がこんなことになるとは思ってもいませんでしたし、何よりも父親がくも膜下出血で倒れるなんて想像もしていませんでした。親の病気や死というものは、遅かれ早かれ誰しもが経験することでしょう。しかし、いざ自分にふりかかってみると想像以上に追い込まれました。仕事、家、病院を行き来する日々は、毎日が闘いでした。心が傷だらけになりました。脳の病気の恐ろしさを知りました。一緒に暮らしたことのない父親との関係性を自問する時もありました。それでも退院の日まで1日も欠かさずに病院に行ったのは、もう途中からは意地しかなかったように思います。このあたりは父親譲りなのだろうか。それでも、まあか弱き女子ですからね、帰り道で泣いた日などは両手で数えられません。そんな中で、傷ついた私のことを救ってくれたのは言葉を綴ることでした。父の意識が戻った、こちらの言葉に反応した、声を発した、ペンを持った、文字を書いた。私は、父が倒れた夜から退院する日までのことを毎日綴っていきました。始めの方は僅かな回復を喜びとともに綴っていましたが、後半はもう完全にデスノート。いやー、人って怖いですね。感情ってこんなに変わっていくものなのかと、我ながら驚きましたよ。でも、そうして言葉にすることで物事を客観視することができたように思います。今、父は仕事も再開したと風の噂で聞きました。たくさんの方に支えられて助かった命なので、大切にして欲しいなと娘は願っています。
 その娘は、この2ヵ月間、特に誰かから支えれることもなく正真正銘のひとりぼっちだったわけですが「コロナ破局をした」という同僚S子と横並びでランチを食べながら「私さ、本当に独りで良かったって思っちゃったんだよね」とぽつり。「去年、高円寺で妥協婚とか言われたけど、もうそれすらいいやって感じだわ」S子とは昨年夏に占い師のところへ行きました。(第128回『41歳の初体験』参照)「あの時さ、おじさん『2020年は色んなことが変わります』って言ってたけど、本当にその通りになったね」「そうだね。さすが売れっ子占い師だよね」「本当だね」「でもさ、絶対にコロナのことなんて予測してなかったよね」「うん。絶対してないよね」S子はオンライン婚活に挑戦しようと思っているらしく、その行動力は素直にすごいなと思います。ちなみに彼女もこの外出自粛期間中にダイエットに励み4kg減。みんな考えることは一緒だなあ。この先、世界はどうなっていくのだろうと考えつつも、朝の満員電車に揺られていると、大きな流れにぼんやりとのっている自分に気がつきます。東京アラートが発動しようが、電車は動いていて、会社は出社を促して、夜の街は営業していて、大人は経済を回していかなくてはいけない。もちろん、みんなコロナにはなりたくないけれど、でも大きな力が「お前ら働けよ」って言うのだから仕方がない。これがミシェル・ウェルベックが言っていた『少し悪化した世界』なのだろうなあ。写真はまだ悪化していない世界だった頃の、パリの夜。またいつか行けるその日まで、フランス語と女子力の向上に励まねば。だって悪化していたってパリは美しいに決まっているのだから。

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2020.6.8 配信

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西山繭子さんINFORMATION

日本の女優、作家。東京都出身。
大学在学中の1997年、UHA味覚糖「おさつどきっ」のCMでデビュー。
テレビドラマを始め、女優として活動。
最近は小説やテレビドラマの脚本執筆など、活動の幅を広げている。
著書に『色鉛筆専門店』『しょーとほーぷ』『ワクちん』『バンクーバーの朝日』などがある。

オフィシャルサイト→FLaMme official website