蟻ーその1ー│ロバート・ハリスの「A DAY IN THE LIFE」

ロバート・ハリスの「A DAY IN THE LIFE」

Writer

ロバート・ハリス

#001

蟻ーその1ー

2013-12-02 13:50:00

 今日も家で執筆に追われている。追われているのだけど、何も書けていない。
 「書くことなんて何てことはないさ。タイプライターの前に座って血を流すだけでいいんだから」とヘミングウェイは言っていたが、最近のぼくからは言葉はもちろん、鼻血すら出てこない。
 5、6分パソコンの前に座り、我慢できなくなると庭に出て、アリを眺める。
 うちにはかなり大きなアリの王国があって、いつも数百の働きアリたちが庭中を徘徊しているのだが、彼らを見ていると時間がアッという間に過ぎていく。
 自分の体の5倍はある団子虫をエッチラオッチラ運んでいるヤツ。自分より小さいタイプのアリと鉢合わせし、なりふり構わずあたふた逃げているヤツ。大きな蜂の死骸の回りに何故か土の塊を積み上げているヤツら。巣の入口でお互いぶつかり合いながら忙しそうにしているヤツら. . .
 秋が近づいてきたからだろうか、最近の彼らはやたら攻撃的になっていて、巣の入口に近づいてきた小さいタイプのアリをアタックするようになった。
 カリカリしているのかな。ノルマとかもあるんだろうか。アリもいろいろと大変みたいである。
 こういうことはやってはいけないのだろうけど、最近では家で飼っている亀の餌や、朝食のトーストのパン屑や、料理用の砂糖などを巣の入口の近くに撒いて彼らがどうするか、様子を見たりしている。結果から言うと、亀の餌には30分ほどで喰らいつて巣に運んで行ったが、パン屑にはたいした興味を示さず、丸一日かけて片付けていった。砂糖に至ってはそれが食べ物だというのに気付くまでにかなりの時間を要し、片付けるまでに二日かかった。
 やってはいけないことと言えば、小、中学生のころはよく近所の空き地や林で見つけた蟻の巣をスコップで掘り起こし、大量の蟻を土の入った硝子の瓶や金魚鉢にぶち込んで家に持って帰った。
 蟻は巣の穴を掘るとき、硬い壁に沿って掘る習性を持っているので、硝子越しに彼らの地下帝国が一望できた。迷路のようにクネクネと四方に延びる地下通路、確保した食物の貯蔵部屋、大広間からリビングルームのような集合スペース、藁とか木の屑などを入れておく物置き小屋、落とし穴のようなものや、侵略者を欺くためにわざと作ったとしか思えないような袋小路。
 砂糖やパン屑といった餌を毎日、土の上にばら撒きながら、そんな巣の中を蟻たちが忙しく行き来するのを眺めていた。これが、とても楽しいのだ。勉強や宿題そっちのけで彼らの観察に没頭した。
 たまに別の王国の蟻を捕まえてはそいつにペンキを塗り、家の蟻の巣に放りこんだりもした。もちろんそいつはすぐに捕まり、八つ裂きにされた。酷いいことをしたなと思う。
 家の王国には女王蟻を入れていなかったので、2、3週間もすると蟻たちはみるみるやる気を失い、弱っていった。餌をやっても興味を示さなくなり、動きがどんどん鈍くなっていった。そして蟻は一匹減り、二匹減り、帝国は静かに滅びていった。これはまずいなと思って元の空き地や林に行って自由にしてやるのだが、そのころには彼らの数は半分ぐらいに減少していたし、社会復帰できないぐらい弱っていた。悪いことをしたなと思う。

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後編へ続く

Photo by HABU

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ロバート・ハリスさんINFORMATION

ロバートハリス(Robert Alan Harris, 1948年9月20日 - )は、横浜市生まれのDJ、作家。血液型AB型。上智大学卒業後、1971年に東南アジアを放浪。延べ16年間滞在。オーストラリア国営テレビ局で日本映画の英語字幕を担当した後、テレビ映画製作に参加、帰国後FMステーションJ-WAVEのナビゲーター(DJ)や、作家としても活躍中。 自らの体験談は、若い世代を中心に共感を呼んでいる。


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